東京地方裁判所 平成2年(ヨ)79号 決定 1990年6月20日
債権者 髙野山紳一
<ほか七名>
債権者兼右債権者ら代理人弁護士 吉森照夫
債務者 バウ建設株式会社
右代表者代表取締役 髙橋修
債務者 目黒中央地所株式会社
右代表者代表取締役 森本宏
右債務者ら代理人弁護士 水津正臣
同 児玉隆晴
右当事者間の平成二年(ヨ)第七九号建築工事禁止仮処分申請事件について、当裁判所は、債権者らに別紙保証目録記載の保証を立てさせて、次のとおり決定する。
主文
一 債務者らは、別紙物件目録記載一及び二の土地上に建築計画中の同目録記載三の建物につき別紙図面本件建物北側立面図ではイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を結ぶ線で囲まれた部分(EVシャフト部分(別紙図面本件建物北側立面図のa、b、c、d、aの各点を結ぶ線で囲まれた部分)を除く。)で表され、別紙図面本件建物西側断面図ではホ、ヘト、ホの各点を結ぶ線で囲まれた部分(EVシャフト部分を除く。)で表され、それによって特定される部分及び別紙図面本件建物西側断面図のAB線より上方部分の建築工事をしてはならない。
二 債権者らのその余の申請を却下する。
三 申請費用は債務者らの負担とする。
理由
第一当事者の申立
一 債権者
1 債務者らは、別紙物件目録記載一及び二の土地上に建築予定の同目録記載三の建物に関し、別紙図面斜線部分について建築工事をしたり、同図面に図示した直線ABを越えそれより上方には建築工事をしてはならない。
2 債務者らは、債権者らに対し、別紙物件目録記載三の建物北側壁面を淡白色系のタイル張りとする。
二 債務者
1 本件申請を却下する。
2 申請費用は債権者らの負担とする。
第二当裁判所の判断
一 疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
1 債権者髙野山紳一は東京都世田谷区奥沢五丁目一四番二二号に所在する自由が丘アビタシオン(以下「債権者ら居住建物」という。)一〇一号室(以下において同建物の各部屋を表示する場合には単に部屋番号によることとする。)に妻とともに居住しており、債権者鬼塚博視は一〇二号室を所有しそこを三〇三号室とともに住居として使用しており、債権者吉森照夫は一〇三号室を弁護士事務所として使用しており、債権者片岡秀清は一〇四号室に管理人として妻とともに居住しており、債権者福田義則は二〇二号室を所有しそこに単身で居住しており、債権者安藤勢津子は二〇三号室に単身で居住しており、債権者笹原貞彦及び同笹原千里は親子であり二〇四号室を共有し、同笹原千里はそこに妻及び子供二人とともに居住しており、債権者笹原貞彦は債権者ら居住建物から徒歩数分の所に妻とともに居住していてたびたび二〇四号室を訪れており、債権者森勝彦は二〇五号室に妻及び子供一人とともに居住している。
2 債務者目黒中央地所株式会社は債権者ら居住建物の所在地の南に隣接する別紙物件目録記載一及び二の土地(以下「本件土地」という。)を昭和六二年六月に取得し、本件土地上に同目録記載三の建物(以下「本件建物」という。)の建築を計画して建築確認を得ており、同社の代表取締役の居宅とする予定である。
3 債務者のバウ建設株式会社は債務者目黒中央地所から本件建物の建築を請け負い、工事を施工しているものである。
4 債権者ら居住建物の所在地及び本件土地を含む地域(以下「本件地域」という。)は都市計画上の第一種住居専用地域であり、東京都条例により日影規制の種別としてbとされている。
したがって、本件地域において地上三階以上の建物を建てようとする場合には、平均地盤面から一・五メートルの高さで、敷地境界線から水平距離で五メートルを超え一〇メートル以内の範囲で四時間以上の日影を生じさせてはならないことになる。
5 本件建物は、地下一階、地上二階、高さ五・一五メートルであって、建築基準法上の日影規制の対象とはなっていないが、債権者ら居住建物の所在地との境界線から東端では三六センチメートル、西端では七五センチメートル離れた距離に東西に二二・五メートルに渡って高さ五・一五メートルの建物の壁面が作られることになっているため、本件建物が建築された場合には、平均地盤面から一・五メートルの高さで、敷地境界線から水平距離で五メートルを超える地点で債権者ら居住建物の所在地上に東西に渡って約七メートルの範囲で午前八時から午後四時までの八時間の日影が生じ、同地点で七時間の日影が生ずる範囲は東西約一三メートルの範囲となる。
6 債権者らの居室等の南側開口部の冬至におけるこれまでの日照の享受状況をみると、債権者髙野山紳一及び同福田義則の居室の南側開口部は債権者ら居住建物の南東に位置する下山田マンションの日影下に午前八時から午前九時前ころまで入るほかは良好な日照を享受しており、債権者鬼塚博視及び同安藤勢津子の居室の南側開口部は同マンションの日影下に午前八時から午前一〇時前ころまで入るほかは良好な日照を享受しており、債権者吉森照夫の事務所の南側開口部は同マンションの日影下に午前八時から午前一一時前ころまで入るほかは良好な日照を享受しており、債権者片岡秀清の居室の南側開口部は同マンションの日影下に午前八時から午前零時過ぎころまで入るほかは良好な日照を享受しており、債権者笹原千里の居室の南側開口部は同マンションの日影下に午前八時から午前一〇時まで入るほかは良好な日照を享受しており、債権者森勝彦の居室の南側開口部は同マンションの日影下に午前八時から午後零時前まで入るほかは良好な日照を享受している。
また、少なくとも昭和六二年までは本件土地上には二階建建物(以下「旧建物」という。)が存在していたが、旧建物による債権者らの居室等の南側開口部の冬至における日影の影響についてみると、債権者髙野山紳一及び同福田義則の居室の南側開口部は午前八時から午後三時前ころまで旧建物の日影下に入るが南側開口部のほぼ全体が日影となるのは午前一〇時ころから午前一一時前ころまでであり、それ以外の時間は南側開口部の一部が日影となるにすぎず、債権者鬼塚博視及び同安藤勢津子の居室の南側開口部は午前一一時から午後四時ころまで旧建物の日影下に入るが、南側開口部のほぼ全体が日影となるのは午後二時ころから午後四時前ころまででありそれ以外の時間は南側開口部の一部が日影となるにすぎず、債権者吉森照夫の事務所及び同笹原千里の居室の南側開口部は午後二時から午後四時まで旧建物の日影下に入るが、南側開口部のほぼ全体が日影となるのは午後三時ころから午後四時ころまでであり、それ以外の時間は南側開口部の一部が日影となるにすぎず、債権者片岡秀清及び同森勝彦の居室の南側開口部は午後三時ころから午後四時ころまで旧建物の日影下に入るということになる。これに対して、債務者らは旧建物による債権者らの居室等の南側開口部の冬至における日影と本件建物による債務者らの居室等の南側開口部の冬至における日影とはほとんど差異がないと主張し、その疎明として疎乙二号証の日影図を提出しているが、この日影図は旧建物が総二階建であるものとして作成されているが、疎明資料によれば旧建物は総二階建ではなかったものと一応認められるからこの日影図は信用できない。
7 本件建物が予定どおり完成した場合の本件建物による債権者らの居室等の南側開口部の冬至における日影の影響についてみると、債権者髙野山紳一の居室の南側開口部は午前八時から午後四時前までの八時間弱に渡って本件建物の日影下に入り、南側開口部のほぼ全体が日影となるのは午前八時過ぎから午後零時ころまでの約四時間であり、債権者鬼塚博視の居室及び同吉森照夫の事務所は午前八時から午後四時までの八時間に渡って南側開口部の全体が本件建物によって日影となり、債権者片岡秀清の居室は午前一二時過ぎから午後四時まで南側開口部のほぼ全体が日影となり、債権者福田義則の居室の南側開口部は午前八時から午後三時過ぎころまで本件建物の日影下に入り南側開口部のほぼ全体が日影となるのは午前八時過ぎから午後零時ころまでの約四時間であり、債権者安藤勢津子、同笹原千里及び同森勝彦の居室は午前八時から午後四時までの八時間に渡って南側開口部の全体が本件建物によって日影となる。
したがって、冬至における債権者らの居室等の南側開口部のほぼ全体が本件建物により日影となる時間については、八時間である債権者が六名、約四時間である債権者が三名であるということになる。
8 債権者ら居住建物の本件土地との境界線からの距離は、一階の一〇四号室の最も接近している地点で約〇・九メートル、一〇三号室の最も接近している地点で約〇・九メートル、一〇二号室の最も接近している地点で約一・六メートル、一〇一号室の最も接近している地点で約五メートルであり、債権者ら居住建物は本件土地にかなり接近して建てられている。
9 債権者が求めるとおりに本件建物の建築を禁止した場合の本件建物による債権者らの居室等の南側開口部の冬至における日影の影響についてみると、債権者髙野山紳一の居室の南側開口部は午前八時から午後四時前まで日影に入るが、南側開口部のほぼ全体が日影となるのは午前八時から午前一〇時ころまでの約二時間であり、債権者鬼塚博視の居室及び同吉森照夫の事務所は午前八時から午後四時までの八時間に渡って南側開口部のほぼ全体が日影となり、債権者片岡秀清の居室は午後零時過ぎから午後四時まで南側開口部のほぼ全体が日影となり、債権者福田義則の居室の南側開口部は日影の影響を受けなくなり、債権者安藤勢津子の居室は午前八時から午前九時前までの一時間弱に渡って南側開口部のほぼ全体が日影となり、債権者笹原千里の居室は午前八時から午前九時ころまでの約一時間に渡って南側開口部のほぼ全体が日影となり債権者森勝彦の居室は午前八時から午後四時までの八時間に渡って南側開口部のほぼ全体が日影となるということになる。
二 そこで、本件建物の建築工事禁止の当否について判断する。
1 本件建物は高さが五・一五七メートルで、地上二階建であるから、建築基準法上の日影規制の対象外の建物であるが、同法が規制対象建築物を軒の高さが七メートルを超える建築物または地階を除く階数が三以上の建築物と限定したのは、それ以下の建築物の場合には一般的に日照を阻害する程度が高くないものと考えられ画一的に規制対象外とするという処理をしてもそれほどの不都合が考えられないことによるのであり、同法の規制の対象外の建物であることから直ちに私法上の受忍限度を超える日照被害を与えるものではないと解するのは相当ではなく、日照被害が受忍限度内のものであるか否かについては、建築基準法及び東京都条例の日影規制を当てはめた場合の適合の有無、地域性、被害の程度等の事情を考慮して判断すべきものである。
これを本件についてみると、前記認定のとおり建築基準法及び東京都条例の日影規制を本件建物に当てはめてみるとその日影は右規制を大幅に超えるものであること、本件地域は第一種住居専用地域であり住環境の保護ということが重視されるべきであること、前記認定のとおり本件建物による日照被害はほぼ八時間に渡って日影が生ずる債権者が六名いる等著しいものであることを指摘することができ、これによれば下山田マンションによって既に日影が生じていること、旧建物によっても日影が生じていたこと、債権者ら居住建物が本件土地の境界に比較的接近して建てられていることを考慮しても本件日照被害は全部の債権者に対する関係で受忍限度を超えるものになるといわざるをえない。なお、債務者らは債権者ら居住建物も北側近隣に対して著しい日照被害を与えておりこの点も受忍限度の判断にあたって考慮すべきであると主張するが、債権者ら居住建物が他の建物に対して与えている日照被害は最大でも四時間程度のものであること、債権者らは債権者ら居住建物の一階及び二階の居住者であってその居住部分は日照被害の原因とはなっていないことからすれば、この点を受忍限度の判断にあたって考慮するのは相当ではない。
2 債権者らが求める建築工事の禁止を実際に行った場合の効果は前記認定のとおりであり、特に債権者ら居住建物の二階部分において日照回復の効果が顕著であって、この建築工事の禁止により本件建物の効用が著しく阻害されるものとは認められず、債権者らは本件建物について主文掲記のとおりの建築の差止めを求めることができるというべきであり、本件建物が完成した場合には債権者らに回復しがたい損害が生ずるおそれがあるので保全の必要性も認められる。
三 債権者らは、建築工事の禁止のほかに本件建物の北側壁面を淡白色系のタイル張りとすることを求めており、これによって債権者らには採光上の利益があると主張するが、淡白色系のタイル張りとすることで採光上どの程度の効果があるのか明らかではないばかりではなく、債権者らに本件建物の壁面の材質、色等について指定する権利があるとする根拠が明確ではなく、この点については被保全権利の疎明がないというべきである。
四 以上によれば、本件申請は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は失当として却下することとし、右認容部分については債務者らが被る損害等諸事情を考慮して前文掲記の保証を立てさせたうえ、申請費用の負担につき民事訴訟法九三条、九二条、九八条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 山本剛史)
<以下省略>